旦那作 めいking Part1
「わぁっ!」
それは運命の出会いだった。たとえそれが精霊の導きによるものであったとしても。
・・・いや、偶然精霊が封印されていた壺を蹴飛ばし、その封印を解いてしまった所から、もう運命は始まっていたのかもしれない。
ともあれ、青年は王者への道のりの第一歩を踏み出したのであった。
その先に青年を待つものは栄光か、挫折か、それとも・・・。
運命の扉は今、開かれた。
・・・
なんちゃって
・・・
ケインサイド
「だぁ〜!もーヤダ!一休みさせてくれよ」
俺は机に突っ伏しながら叫ぶ。当然だろう?もう朝からぶっ通しで6時間、その間にはトイレタイムを2回挟んだだけで、ひたすら勉強し続けだぞ。
「いけません。まだ� ��日のカリキュラムは、三分の一が残っています。休んでいたら日が暮れてしまいます」
シフォーネが冷静に切り返してくる。くそっ、教会から派遣されてきたエルフだか、導き手だか知らないが、横暴すぎるぞ。
「だいたい!」
まるで俺の心を読んだかのように、開いているのかどうかわからないような目で、シフォーネが俺を睨む。はっきり言って、ちょっと怖い。
「領主様が昨日の講義をさぼって、町になど出掛けてしまうからいけないのですよ。私とてこのような無茶なスケジュールは、ひじょうに不本意です」
まぁ、確かに今週1週間は、シフォーネに領主として必要な知識を教えてもらうようスケジュールを組んだのは俺だけど、元々ただの羊飼いだった俺が急にそんなに知識を詰め込めるわけないん� ��よな。
シフォーネも、その辺を理解してもう少しソフトに教えてくれないもんかな。
「さぁ、続けますよ」
俺の心の葛藤をよそに、シフォーネが先に進め始めたので、俺は仕方なくシフォーネの講義に集中する。
適当に受けていればそんなに疲れないのかもしれないけど、以前シフォーネの講義をボーッと聞いていて電撃魔法をくらって以来、俺の体は半強制的に講義に集中するようになってしまった。
俺があきらめかけたその時、救いの手がさしのべられた。
バン!
「おぉ、ここにおったか。探したぞ!」
威勢よく扉が開かれると、シャルロット姫が何の遠慮もなしに部屋の中へと入ってくる。
「ふぅ」
シフォーネが小さくため息をついている。姫様が来たからには、もう授業を続け ることは不可能なのだと、シフォーネは経験から学んでいた。ラッキー。今回ばかりは姫様のわがままで唐突な行動に感謝しよう。
「こっちの方に来る用事があったのでな、ついでによったのだ。さぁ、わらわの相手をせぬか」
「はいはい、わかっております。姫様」
いい加減、姫様の扱いになれてきていた俺は、ティアにお茶の用意を頼むとテラスへと姫様を案内する。
領主に就任してから、王城へ報告に行くたびに姫様は何かと理由を付けては俺につきまとってきた。最初のうちは姫様のわがままな言動がうっとうしくなったこともあったが、そのうちに慣れてしまった。俺には兄弟がいないからわからないけど、わがままな妹がいたらこんな感じなんだろうか?
「何をボーッとしておる。レディーを目の前にし て考え事なぞ、失礼であろう」
「レディー?」
俺は思わずプッと吹きだしてから、しまったと思った。あっ、ヤバイ、姫様の顔がどんどん赤くなってる。それが決して恥ずかしさや照れからきているものでないことくらいは、さすがの俺でもわかる。
「ぶっ、無礼者!今、笑いおったな!わらわがレディーではないと、まだ子供だというつもりか!」
そうやって怒るところが、子供だと思うんだけど・・・。まぁ、これ以上怒らせると後が怖いから、何とか話を濁さなければ。
「い、いや、今のはそういう意味じゃなくてね・・・」
「あのぉ〜、お茶、もってきたデスぅ〜。あ、キャー!」
何とか言い訳をしようと試行錯誤しているところに、タイミング良くティアがお茶を運んでくる。おまけに、ご丁寧� �テラスの入り口でつまずいてコケている。ナイスボケだ!ティア。この時ばかりは、俺はティアのドジに感謝した。
「あぅう〜。すみませんデスぅ〜」
「あぁ、ここは俺が片付けるから、ティアは新しいお茶を持ってきてくれ。今度は気をつけてな」
「はいデスぅ」
お茶を入れ直すために立ち去るティアを見送り、振り向いた俺はその光景に驚いた。何と姫様が割れたティカップの破片を拾い集めて、お盆の上に乗せているではないか。
「あぁ、姫様危ないよ。俺がやるから」
俺の言葉に耳を貸さず、姫様は破片を広い続ける。
「ふん、一人前のレディーなら、この位のことはできて当然じゃ」
姫様の言葉に一瞬あっけにとられた俺だったが、必死の形相で破片を一つ一つ拾う姫様の姿に、思わず微笑� �が浮かんでしまった。別に、だからといってレディーの証明にはならないと思うけど・・・。
「ゴメンゴメン。姫様は立派なレディーだね」
俺は姫様の頭を軽くポンポンと叩いた。
「馬鹿者、そう思うのなら、子供扱いはやめんか」
そう言って、顔を背けながら手を軽く払いのける姫差の顔は、さっきと違った色で赤く染まっていた。へぇ、こうしてみると、やっぱり姫様って結構カワイイんだな。
「うん、わかったよ」
俺は微笑みながら返事をすると姫様の隣にしゃがみ込み、一緒に破片を広い始めた。少しぎこちないような、それでいて心地よい空気が流れるのを、俺は感じていた。
姫様も感じているのだろうか?普段の少し勝ち気な表情はなりを潜め、少し大人びた落ち着いた表情を浮かべている� ��
ドキッ!
その表情に一瞬俺の胸が高鳴る。なんだ?今のは?
「何じゃ、人の顔をジロジロと。失礼な奴じゃな。わらわの顔に何かついておるか?」
姫様の言葉に、俺はハッと我に返る。もう、姫様の顔は普段の表情に戻っていた。
「い、いや別に」
何だ、一体どうしたっていうんだ?改めて姫様の顔を見返してみたが、別にどうということはない。いつもの通りだ。
やがて破片が集め終わるころに、ティアが入れ直したお茶を持ってきた。そして理由のわからないまま、俺は姫様とお茶を飲みながら、姫様が帰る時間までたわいない話をして過ごしたのだった。
シャルロットサイド
「姫様〜、ひ〜め〜さ〜ま〜」
侍女達の声を無視して、今わらわは街の中をひた走っておる。このま� �城へ帰るじゃと?冗談ではない。せっかく城の外に出られたのじゃ。もう少し遊んで行くぞ。
とはいえ、何をするかじゃが・・・。おぉ、そう言えばここはあやつが領主をしておる街であったな。よし、ひとつ行ってみるとするかのう。
しかし、まだまだ街というのもおこがましい造りじゃのう。まだ一年も経っておらぬのじゃから、仕方ないと言えば仕方ないのじゃが、がんばって立派な街にしてもらわなければ。あのフランシスやデイブなんぞと結婚するなど、背筋が寒くなるからのう。
などと考えているうちに領主の館に着いたわけじゃが・・・。
「なんとも、情けない館じゃのう・・・」
わらわは思わず呟いておった。昔の領主が使っていたのを改装しただけあって、あちこち傷んでおるし、入り口に� �衛兵の一人もおらん。誰にも咎められることなく、入り口までたどり着いてしまった。まったく、自分の立場というものがよくわかっておらぬのか?あの者は。
「おい!誰か!誰かおらぬか」
わらわが入り口で声を張り上げると、メイド風の服装をした女が出てきた。ふむ、一応使用人などはちゃんといるようじゃな。
「あの〜どっちらけですか?」
は?今なんといった?
何と言ったか理解できず、わらわが呆然としていると、その女の背後からまた一人女が現れる。その女は今目の前にいるメイド女とは違い、妙に上品なような、なよっとしたような振る舞いを見せている。
「ティアちゃ〜ん、それを言うなら『どちらさまですか?』でしょう」
「あう〜、ローズさん、すみませんデスぅ〜」
「まぁ� �いいわ。それより姫様。よくいらっしゃいました」
そう言ってローズとか言う女が頭を下げた。ふむ、どうやらわらわの事を知っているらしい。それならば話は早い。
「うむ、くるしゅうない。それより、ケインの奴はどこじゃ?」
「領主様でしたら、今シフォーネのところでお勉強中のはずですけれども」
「そうか、わかった」
「あっ、姫様・・・」
館の中にいるとわかればそれで十分じゃ。こんな狭い館、ちょっと調べればすぐに居場所などわかる。そして、わらわは館の扉を片端から開けてまわった。
「おぉ、ここにおったか。探したぞ!」
いくつ目かの扉を開けると、そこにケインがおった。まったく、姫であるわらわに、一体いくつの扉を開かせるつもりじゃ。
「ひ、姫様・・・」
� ��ふっ、驚いておるようじゃな、まぁわらわが直々に訪ねてきてやったのじゃ、驚くのも当然か。しかし、妙にうれしそうなのがちと気になるが・・・。
「さぁ、姫様。こちらに」
「うむ」
わらわは導かれるままにテラスへと行き、ケインが引いた椅子に腰掛ける。ふむ、どうやらだいぶ紳士としての物腰が身に付いてきた用じゃな。王城に来るたびに相手をさせていただけのことはある。
しかし、そう思ったのもつかの間、わらわの正面に座ったケインは、何を話すでもなくわらわの顔をジーッと見つめている。
なんじゃ?無礼な奴じゃな。人の顔をじろじろ見たりして。
「何をボーッとしておる。レディーを目の前にして考え事なぞ、失礼であろう」
わらわは、たしなめるつもりでそう言った。
「� ��でぃー?」
その人を小馬鹿にしたような言いぐさに、わらわは頭にカッと血がのぼる。前言撤回じゃ、まだまだこやつは紳士などにはほど遠い!しかも、プッなどと笑いおった!
「ぶっ、無礼者!今、笑いおったな!わらわがレディーでないと、まだ子供だというつもりか!」
言いながら、わらわは胸の奥が苦しくなってきた。なぜ、子供扱いするのじゃ?わらわがもっとちゃんとした大人だったら、あのローズとかいう女のように色っぽかったら、シフォーネとかいう女のように大人びていたら、もっと対等に扱ってくれるのか?
くそっ、なんだか涙が出てきそうじゃ。
わらわは慌てて顔をそらした。どうしよう、変に思われる。と、その時いいタイミングでメイドがお茶を持ってきて、更にお茶をこぼして� ��った。
「あぁ、ここは俺が片付けるから・・・」
ケインがそっちに気を取られている間に、わらわは目をこすり、何とか顔を整えたが、まだ少し目が赤いかもしれん・・・。そうじゃ、落ちたコーヒーカップの破片を拾っておれば、顔を見せずに済む。
そう考え、その場にしゃがみ込み破片を拾うわらわに、ケインが声をかけてくる。
「あぁ、姫様危ないよ。俺がやるから」
わらわを気遣う言葉に少しうれしさを感じながらも、照れくささと顔を上げるわけににはいかない事情から、思わず突き放すような言い方をしてしまった。
「ふん、一人前のレディーなら、この位のことはできて当然じゃ」
しまった、今の言い方は我ながらかわいげがなかった。かといって今更言い訳もできず、黙々と破片を拾う わらわの頭を、ケインが優しく叩く。思わず、わらわはケインの方を振り向いてしまった。
「ゴメンゴメン。姫様は立派なレディーだね」
ケインの暖かな手の感触と優しい笑顔に、自分自身、頭に血がのぼってくるのがわかった。よし、今度こそ素直に・・・。
「馬鹿者、そう思うのなら、子供扱いはやめんか」
そう言って、顔を背けてしまった。あぁ、もう、そうではない。わらわが言いたいのは、そう言うことではなくて・・・。はぁ、われながらイヤになる。
「うん、わかったよ」
そんなわらわの心配をよそに、ケインは素直にそう言うと、わらわの隣にしゃがみ込み、一緒に破片を拾い始めた。
「・・・」
わらわは思わずケインの顔をジッと見つめる。その顔には怒り・呆れ・どうでもいいと いった表情は微塵もなく、まるでわらわのことなぞお見通しだとでも言いたげな、落ち着いた表情が浮かんでいる。
やはり、そうじゃ。初めて会ったときから何となく感じていた。この者は今までわらわの周りにいた男どもとは違う。媚びへつらうわけでも、壊れ物を扱うようでもなく、普通に接してくれる。やはり、この者のそばにいるのは心地よい。
やがて、破片があらかた片付け終わったころに、先のメイドが茶を入れ直してきて、ティータイムのやり直しとなった。
ケインの話を聞きながら、わらわはこんな時がいつまでも続けばいいのにと思わずにはいられなかった。
ケインサイド
食欲不振写真裸
「ふぅ・・・」
俺は館の最上階で、街を見下ろしながら大きなため息をついていた。
「どうなさいました?」
「う、うわぁ!」
驚いた俺が振り返ると、そこにはシフォーネが立っていた。あーびっくりした。
「シフォーネ、音も立てずに近寄るのはやめてくれって言ってるだろう?」
「はい、申し訳ありません」
あまり申し訳ないと感じているようには見えないが、まぁいいか。俺はシフォーネに背を向け、再び街を見下ろした。その俺の横にシフォーネが立ち、同じように街を見下ろす。
「何かお悩みのようですが・・・」
「あぁ、ちょっとね」
シフォーネの気遣わしそうな声に少し驚きながらも、俺は言葉を濁した。別にシフォ� ��ネに相談するのがイヤなわけじゃない。むしろ、相談するならシフォーネしかいないと思っているが、まだ頭の中で整理がついていなかった。
その辺の葛藤に気付いてくれているのだろう。シフォーネはこういう時、何も言わずにジッと待っていてくれる。まったく、得がたい人材だよ。・・・まぁ、時々待ってくれているのかと思いきや、立ったまま寝ていた・・・何て事もあるけど。
今回も、俺の隣で町を見下ろしながら、シフォーネはジッと俺の言葉を待っている。
「昨日のことなんだけど・・・」
俺がポツリと言った瞬間、シフォーネは俺の悩みを察してくれたらしい。
「あの事ですか・・・」
そう言うと、それ以上説明は不要とでも言うように、俺の瞳を見つめる。その瞳がまともに見つめ返せ� �、俺は思わず目をそらしてしまう。
昨日のこと・・・それは昨日郊外で発生した事故のことだ。
俺は最近焦っていた。街の発展は最近滞りがちで、モンスターによる被害も増えている。俺にはやっぱり無理なんだというあきらめと、やらなくてどうするというプレッシャーがぶつかり合い、無茶な開発計画を立ててしまった。
結果、現場で事故が発生。幸い死傷者は出なかったものの怪我人が続出し、支持率は一気に下がったのだった。
「そんなに支持率が下がったのがショックでしたか?」
「そんなことはどうでもいい!」
シフォーネの冷静な問いかけに、俺は思わず叫び返していた。
「支持率が下がった事なんかどうでもいい。これからがんばれば、まだ取り戻すことはできる。でも・・・」
� �こでいったん俺は言い淀んだ。しかし、何も言わずにジッと俺の言葉を聞いているシフォーネに促されるように、俺は言葉を続けた。
「俺の立てた計画のせいで、怪我人が出てしまった。俺のミスのせいで・・・。今まではシフォーネやみんなのおかげで、特に大きな問題も起こらなかったから気付かなかった。でも、今回のことで気付いた。いや、気付かされたんだ。俺の決定によって、この領地に住む人の人生が変わってしまうって事に・・・俺の言葉で人生を左右されてしまう人が大勢いるって事に・・・」
一気にそこまでしゃべって、俺は大きく一つため息をついた。
「俺って、ずいぶん気楽に大変なこと引き受けちゃったんだなぁ」
「それではやめますか?王様に言えば、あなたの変わりに別な領主を送っても� ��うことも可能ですよ」
シフォーネの言葉に、俺はハッと振り返りシフォーネの顔を見つめた。しかしその顔からは、相変わらず何の表情も読みとれなかった。
今の分不相応で気苦労の耐えない立場を捨て、また元の気ままな羊飼いに戻る・・・。それもまた一つの選択だろう。しかし・・・
「いや、やめないよ」
俺はキッパリと言い切った。
「確かに俺一人だったら、くじけていたかもしれない。でも、俺には支えてくれる仲間がいる。経緯はどうあれ、みんな俺を信じてがんばってくれているんだ。俺もそれに答えなくっちゃ。それに・・・」
「それに?」
そこまで真剣に話していた俺だったが、そこまで話して少し頬がゆるむ。
「姫様がいない隙に領主を降りたなんて言ったら、姫様に後でどん� ��目にあわされるかわかったもんじゃない」
少しおどけて言う俺に、シフォーネは安心したような笑みを浮かべる。
「そこまでわかっているのでしたら、もう、何も言うことはありませんね」
「えっ?」
「今までのあなたは、自分の立場というものがよくわかっていなかった。領主という立場がいかに危険で、重要なものなのか・・・。そして、多くの人が心の中ではあなたに期待していると言うことを・・・。それがわかってもらえれば上々です」
その諭すような言い方に、俺は引っかかるものを感じた。
「まさか、シフォーネ。最近街の発展が順調に進まなかったのは・・・」
俺の言葉に、今度はシフォーネが意地悪く笑った。
「なかなか鋭いですね」
否定するそぶりすら見せやしない。まっ� �く、何て女だ。しかし、今気付かなくてもいずれは気付いたであろう事であるし、取り返しがつかなくなってから気付かされるよりも、遙かにましというものであろう。
それがわかってしまうが故に、俺は何も言い返すことができずに、苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「でも、それだけではありませんよ」
「えっ?」
「普段の領主様でしたら、ああなる前に気付いたはずですが。まさか、あのことが領主様のの心にこれほど影響を与えているとは・・・。それだけは私の計算違いでした」
「あのことって?」
俺は何のことだかわからずに、シフォーネに聞き返す。
「そこまで教えて差し上げる義理はありません。自分で考えてみて下さい。しばらく前と今、自分を取り巻く状況の変化で、何が自分にと� ��て一番影響を与えているのか」
「お、おい、シフォーネ」
そこまで言うと、シフォーネはきびすを返して館の中へと入っていってしまった。
「何なんだ?一体」
俺は訳が分からずに、テラスの手すりにもたれかかり考え込んだ。
最近の変化って言うと、ティアや椿が俺の下で働くようになって、サンドラ率いるエメラルドが出没するようになって、姫様が修道院に行って・・・。
そう言えば、もうしばらく姫様に会ってないな。女性らしさを身につけるために修道院に行ったって話だったけど、どうしてる事やら。そうだ、帰ってきたら早速会いに行ってみよう。それで、全然変わってなかったら・・・いや、全然変わってないだろうから、思いっきり笑ってやろう。
ははは、帰ってくるのが今から待 ち遠しいや。さて、そろそろ仕事に戻るとするか。
俺は、さっきまでとはうって変わって軽くなった足取りで、館の中へと入っていくのであった。
シャルロットサイド
「ふぅ・・・」
一体今日何度目のため息じゃろうか?もう数えるのも疲れてしまった。まさかケインの奴と会えぬのがこれほど辛いとは、わらわ自身以外じゃった。
この修道院にきた最初のうちはよかった。城にいたころより遙かに自由じゃったし、少しは大人の女らしくなって、ケインを見返してやろうという気持ちがあった。
しかし、時間の経過とともにそういった些細な気持ちは薄れていき、心の中に眠る本音が現れてきた。
我ながら以外じゃった。いや、本当に以外じゃったのか?
・・・こうして一人遠く離れた土� �へやってきて、冷静になった頭でよく自分の行動を、そしてあやつのことを考えてみる。
確かに、あやつを婿候補に仕立て上げたのは、フランシスやデイブのバカどもと結婚するのがイヤじゃったからで、別にあやつでなくともかまわんかった。まぁ、あの時点であの二人などよりはマシじゃと思っておったのは間違いない。
いつからじゃったろう、あやつが城へ上がってくるのを心待ちにするようになったのは。
はっきりとしたことは覚えておらん。最初のうちは元羊飼いという今まで接したことのない人間に対する興味だけじゃった。実際、あやつの話は今までわらわの全く知らなかった世界の話ばかりで、聞いているだけで楽しかった。
だから、あやつが王城に来るたびに無理矢理わらわの相手をさせたのじ� ��。
ふふっ、今思えばずいぶん無茶なことをしたものじゃ。あのころはわがままを言いすぎたら嫌われるかもなどと、微塵も考えておらんかった。
じゃが、あやつはイヤな顔一つ・・・いや、呼びつけるたびにイヤそうなしかめ面をしておったな。そのうち慣れてきたのか、イヤな顔はしなくなったが、心の中ではどう思っておったのじゃろう。
ブルッ
急に体がふるえた。
そうじゃ、あやつはわらわのわがままは何でも聞いてくれた。しかし、そんなあやつの目にわらわはどう写っていたのじゃろう?
『ちょっと我が儘で、かわいい女の子』
『手のかかる妹』
それならいい。あやつに、まだわらわの婿候補としての自覚があまりないのは・・・わらわを結婚相手としてまともに見ていないことはわ� ��っておる。じゃがもしも、
『姫だから表面上は言うことを聞いているが、内心嫌っている』
とか
『世間知らずで手に負えないタカビー姫』
などと思われていたらどうしよう?不安にかられ始めた心は止まることを知らない。思考はどんどん悪い方へと傾いてしまう。
こうして離れているのをいいことに、他の女と遊びほうけていたりしないじゃろうか?
領主という立場がが面倒になって、逃げ出したりしていないじゃろうか?
・・・・・・
あーもう、やめじゃやめじゃ!いくら考えても仕方がないし、わらわらしくもない。
だいたい、あやつが手紙の一つもよこさんのが悪い!・・・まぁ、わらわも手紙なぞ書いておらんが。
しかし、あやつはれっきとした花婿候補なんじゃ。わらわ のことを気にかけるのは当然じゃろうに・・・。やはり、わらわの事なんかどうでもいいんじゃろうか・・・。
コンコン
「な、なんじゃ?」
再び思考の迷宮におちいりそうな頭に突然ノックの音が響きわたり、わらわは思わずうわずった声を上げてしまった。
「失礼いたします」
そんなわらわの様子に気付いているのかいないのか、この修道院の修道女が表情を崩さずに入ってくる。確かラネーテとかいう名前じゃったか。
「姫様宛に手紙が届きましたので、お届けに上がりました」
「手紙?父上からの定期便は、先日届いたばかりじゃが・・・」
わらわは首を傾げる。一体誰じゃ?
「送り主は『ケイン』となっておりますが、お心当たりはございますか?」
ドキン
その言葉に、わらわ の胸が大きくはねる。まさか・・・さっきあんな事を考えたばかりじゃというのに・・・。
「あぁ、わらわの婿候補の一人じゃ。わざわざすまんのう」
内心の動揺を必死に押さえ、わらわは手紙を受け取った。ラネーテが出ていくまでは何とか持ちこたえたものの、扉が閉じた瞬間、わらわは封を切るのももどかしく、手紙を取り出して読み始める。
しかし、ある程度予想していたが手紙の内容は甘い文章でも何でもなく、現在の領地のことや部下が増えたことなどが淡々とかかれているだけであり、わらわの事などはホンのおまけ程度にしか書いておらなんだ。
クスクスクス・・・。
しかしそれがかえってあやつらしく、わらわは思わず笑いがこみ上げてきた。じゃが、何故か読んでいるうちに、徐々に文字が ぼやけ始めてきた。ん?なんじゃ?
ポタッ
手紙に滴が一つ落ちた。そこでわらわは、初めて自分が涙を流していることに気がついた。そして同時に、こんなたわいもない手紙が涙が流れてくるほどうれしいくらい、あやつのことを好きな自分に気付かされた。
『会いたい・・・』
想いが急速につもる。それと同時に
『もっと立派なレディーにならなければ・・・』
そんな想いもつのる。
今のままでは、まだだめじゃ。会えないうちに素敵なレディになって、再会したときにあやつを驚かせてやろう。わらわのことを一人の女性として見てくれるように。婚約者として意識してくれるように・・・。
猩紅熱の犠牲者年
それは一つの衝撃だった。しかも生半可ではない、俺の人生を変えうる衝撃だった。
俺が今日、王城へ来たのは別に深い意味があってのことではなかった。ふと、姫様が今月修道院から帰ってきたことを思いだし、ちょっと様子を見に行こうと思っただけだった。
別に、姫様が見目麗しく、おしとやかな女性へと成長しているなんて、これっぽっちも期待などしていなかった。いや、むしろ全然変わってない姫様を見て、大笑いしてからかってやろうと思っていた。
そして、王様から姫様が王宮の庭にいることを聞き、そこへ足を踏み入れたときだった。
「うふふ。小鳥さん、こっちよ」
木立の奥の方から声が聞こえてきた。
今思えば、何� ��かはわからない。しかし俺はこの時、足音をたてないよう、そっと声のした方に歩み寄っていった。
そして木立の奥をそっと除いた瞬間、俺の時は停止した。
木漏れ日の中、指に小鳥をとまらせ微笑むその少女・・・いや、女性というべきか。風にゆれる木の葉が作り出す光の乱舞がその女性を神秘的に輝かせ、その幻想的な光景に俺は言葉もなく立ちつくした。
「ねぇ、小鳥さん。私の大切なあの方は、今頃どこで何をしているのかしら?私はもう、ここへ帰ってきているというのに・・・。小鳥さん、どうかこの想いをあの方の所へ・・・」
俺はその言葉の内容よりも、その声に思わず一歩踏み出していた。
ペキッ!
しまった!と思ったときは時すでに遅く、俺は足下の小枝を踏み折っていた。
「 誰じゃ!」
その声に驚いたかのように、小鳥が羽ばたく。徐々に世界が現実味を取り戻し始め、その女性の顔に先程までとはうって変わって、少し勝ち気そうな表情が浮かぶ。そう、俺のよく知っている表情が・・・。
「ひ、姫様?」
まだ気が動転しているらしい。少し声が裏返ってしまった。
「ケ、ケインか。い、いつからそこにおった?のぞき見とは失礼じゃろう」
「い、いや、ついさっきだけど・・・」
二人とも黙り込み、何となく気まずい空気が流れる。
俺に話しかけてきた姫様の口調は、確かに昔のままだった。しかし・・・、一年という歳月は、一人の少女をここまで変えるというのか?
姫様の変貌ぶりに何を話していいのかわからず、押し黙ってしまった俺だったが、それは姫様も同 じらしく、手を前に組み、心なしかモジモジしているように見える。
昔なら、初対面だろうと何だろうと遠慮なしに話しかけ(と言うより命令に近かったか?)てきた姫様の変わり様に、俺はますます何も言えなくなってしまう。
「な、何を黙っておる。わらわに会いに来たのじゃろう?それとも、あんまりわらわが美しくなったので、声も出ぬのか?」
「う、うん。きれいになった・・・」
「・・・」
し、しまった。せっかく姫様が気を利かせて昔通りに話しかけてくれたのに・・・。思わず本音が出てしまった。
結局、その日は王宮の庭で二人して黙って立っていただけで、ほとんど話らしい話をしなかった。
その光景をお城の侍女が目撃して、「俺達二人がこっそり隠れて見つめ合っていた」なん� �噂が密かに王宮中に広まったことを知ったのは、ずーっと後のことだった。
その後、何度か王宮に顔を出しているうちにおれも姫様もだいぶ慣れ、昔と同じ様なやりとりができるようになった。もっとも、全く同じとはいえず、俺は姫様の時折見せるちょっとした仕草に胸を高鳴らせることが増えてきたのだった。
ケインサイド
「このバンパイヤが!おとなしく塵にかえれ!」
俺の叫びと共に、シフォーネの魔法により魔力を帯びた俺の剣が、元領主であるバンパイヤの体に突き刺さっていく。
「バ、バカな・・・この私の体が・・・」
徐々に消えていく自分の体を見つめながら、呆然と呟くバンパイヤ。その様子に俺はほっと一息をつく。その油断がいけなかった。
「いけません!領主様!」
� �えっ?」
シフォーネの叫びに慌ててバンパイヤの方を振り向いた俺の目に、最後の命を燃やし尽くすかのように魔力を集中させているバンパイヤの姿が映った。
「貴様だけはゆるさん!死ね!」
その叫びと同時に、特大の魔力弾が俺の体にブチ当たってくる。
「ぐはぁっ!」
衝撃に俺の体が吹き飛ぶ。
「領主様!」
「お館様!」
シフォーネと椿の声が聞こえてくる。そして、かすむ俺の目に、完全に消え去るバンパイヤの姿が映る。そして、俺の意識は深い闇の中へと落ちていった。
その直前、悲しそうな金色の髪の少女の姿が脳裏に浮かんだ。
「ごめん・・・」
誰に言うでもなく、俺は呟く。しかし、その言葉は俺の口から発せられることはなく、その少女の元へ届くこともなかっ� �。
暗転
ここはどこだ?暗い・・・俺は死んだのか?
「シフォーネ!椿!ティア!リリル!アン!ローズ様!」
大声で叫んでも、誰も答えない。俺はひとりぼっちだ・・・。
「・・・ン・・・ケ・・・ン・・・ケイン・・・」
誰だ?俺を呼ぶのは。
「ケイン。ダメ。死んじゃイヤ」
姫様?姫様なのか?
「死んではイヤじゃ、ケイン!」
「姫様!」
ハッ!
唐突に俺は目が覚めた。
ここはどこだ?俺は・・・。何か夢を見ていたような気がするが・・・。思い出せない。
「ん・・・」
俺の足の方からうめき声が聞こえてくる。ボーッとした意識のまま、そちらへやった俺の目に、ベッド脇に腰掛けベッドの上にうつぶせに頭を乗せて眠っているらしい姫様の姿が映る 。
「ひ、姫様」
俺は慌てて体を起こした、しかし・・・
「がっ!」
体中に激痛が走り、再びベッドに倒れ込む。よくよく自分の体を確認してみれば、体中に包帯が巻かれている。今までは意識がボーッとしていたせいで気付かなかったが、体のあちこちが傷む。
「ケ、ケイン!気がついたのじゃな?」
俺の声に目が覚めたらしい。姫様が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「姫様・・・」
「まったく、三日三晩も眠り続けておったのじゃぞ。バンパイヤなんぞにやられおってだらしのない」
そう言うものの、姫様の目は少し潤んでいた。
「心配・・・かけたみたいだね」
「ふん!心配などしておらぬわ!」
そう言って再び椅子に腰掛け、顔を背ける。それが自分の涙を隠すための、� ��れ隠しから来る言動であることがわかるぐらいには、おれは姫様のことを理解していた。
それに、俺の体を冷やすためだろう、何度も冷水につけ真っ赤になった手。ずっと寝ずに看病をしてくれたのだろう、目の下に浮かんだくまとボサボサの髪をみれば、いかに俺のことを心配して看病してくれたのかが伺える。
「ありがとう」
「心配・・・など・・しておらぬと・・・言うのに・・・」
そう言う姫様の言葉は涙にふるえていた。俺の心に愛おしさが膨れ上がる。こんな体じゃなければ、起きあがって抱きしめていただろう。
「ありがとう」
もう一度言う。
「馬鹿者!」
そう叫んで姫様が俺の胸に飛び込んでくる。俺はそんな姫様をギュッと抱きしめてやりたかった。しかし・・・
「ぎゃぁー� �いってー!」
俺の口が悲鳴を上げる。
「す、すまぬ」
慌てて姫様が体を離したが、俺は何も答えられずにベッドの上で悶絶していた。くっそーせっかくいい雰囲気だったのに・・・。
「どうなさいました?」
「なんや、にーちゃん。気ぃついたんかい?」
「だいじょうぶ〜?」
「あう〜よかたデス〜」
俺の叫びを聞きつけて、みんなが部屋へとなだれ込んでくる。静かだった部屋の中が一気に騒がしくなる。
「だぁ〜うるさい!傷に響くだろ!静かにしろ!」
「それだけ元気ならば、もう大丈夫ですね」
俺の体の具合を見ながらシフォーネが言う。その言葉に、姫様が改めてほっとした表情を浮かべる。
「そうか、ならばわらわはそろそろ帰るとしよう」
「あっ、姫様・・・」
� �早く元気になって、また王城へ遊びに来い。待っておるぞ」
「うん、ありがとう」
扉の向こうに消えていく姫様の背中に、俺は三度礼を言った。
シャルロットサイド
「はぁはぁはぁ・・・」
カツカツカツ・・・
わらわの荒い息づかいと足音が、ケインの館の廊下に妙に大きく響きわたる。その乾いた音がわらわの心の不安を更に大きくする。
『ケインが生死の境をさまよっている』
その知らせを聞いたとき、わらわは誇張なしに気を失いそうになった。じゃが、ここで気を失っても何もならないと気を取り直し、とるものもとりあえず館に駆けつけたのであった。
「ケインは無事かっ!」
わらわはケインの寝室の扉をバンッと開けると部屋に飛び込んだ。そこにはシフォーネら六人が心 配そうな顔でケインのベッドを取り囲んでいた。そしてベッドの上には・・・。
「・・・」
全身を包帯にまかれ、土気色の顔をしたケインが寝ていた。その光景にわらわは胸がつぶれそうになる。
何かの冗談なのではないか?部屋に飛び込んだとたん、『やぁ、姫様』などとのんきな声をかけてくるのではないか?
そんな微かな希望は、ものの見事にうち砕かれた。
「姫様、少しお静かに」
シフォーネが声をかけてくる。いつもならば『わらわに命令するでない』と反発するところじゃが、今はそんな場合ではない。
「ケインの容態はどうなのじゃ?」
ふらつく足を必死に押さえながらケインのベッドに近づきつつ、シフォーネに問いかける。
「正直に申し上げましょう。手は尽くしましたが、� ��の私どもではこれが精一杯です。後は領主様の精神力次第・・・。目を覚ますのか、それともこのまま・・・」
その場に言いようのない沈黙が降りる。
「申し訳ありませぬ!拙者がついていながらこの始末・・・。かくなる上はこの腹かっさばいて・・・」
「やめぬか!」
着物の前をはだけて腹を切ろうとする椿に、わらわは怒鳴りつける。わらわの声に、椿は驚いたように動きを止める。
「そちが腹を切ってケインが生き返るならば、好きにするがよい。じゃが、そちが腹を切ったところで何の解決にもならん。第一、こやつが気付いたとき悲しむぞ」
「姫様・・・」
「信じるのじゃ。こやつはそう簡単に死んだりはせぬ」
わらわは自分に言い聞かせるように言い放つ。
「申し訳ありませぬ、姫� �の気持ちも考えず」
「いや、わかればよい。それより、そなた達にはやることがあるのであろう?こやつが寝ている間に街が小さくなっていたなどと言うことになっては、逆にこやつにしかられるぞ」
「でも、ご主人様の看病はどうするデスか〜」
ティアが心配げな声を上げる。他の者も声には出さぬが、一様に心配そうな表情をしている。む、ずいぶん慕われておるようじゃの。少し妬けるが、そのようなことを言っている場合ではない。
「心配するな。わらわが看病していてやる。シフォーネ、何をすればいいのか教えるのじゃ」
いくらわらわでも、何も聞かずに看病ができるなどとは思っていない。
「わかりました姫様。では、お任せいたします」
「うむ、任せておけ」
そう決まった時点でシフ� �ーネ以外の面々は部屋を退室し、わらわに看病の仕方を教えるとシフォーネも仕事へと戻っていった。
パタン
扉が閉じ、部屋の中にわらわとケインの二人になった瞬間、わらわは体の力が抜けてその場に座り込んでしまった。
他の者の手前、気丈に振る舞ってはいたものの、本当はわらわも体がふるえるのを押さえるのに必死じゃった。
ケインの顔の方へ目をやる。息をしているのかどうかも怪しい、今にも死んでしまいそうな顔に、目に涙が浮かんでくる。
ブンブンブン!
顔を振り、必死に涙をこらえる。さっき自分で言ったばかりではないか。泣いても何も解決はしない。
わらわはすっくと立ち上がると、ベッドの脇の椅子に腰掛ける。そしてケインの額の濡れタオルを交換するために、シフ� ��ーネの準備しておいた冷水につける。
「ッ・・・」
そのあまりの冷たさに、思わず顔をしかめる。冷たさを保つために魔法をかけたと言っておったが、これほど冷たいとは・・・。じゃが、ためらっている場合ではない。
意を決して冷水でタオルをすすぐと、ケインの額に乗せる。
「うぅ・・・」
ケインが苦しそうにうめいている。
わらわは無力じゃ。偉そうなことを言っても、こんな事しかできない。お主が気付くのを祈ることしか・・・。
それでも、わらわは祈り続けた。再びケインが元気な笑顔を見せてくれるように・・・。
オーストラリアの肥満の数値
どのくらい時間が経ったのじゃろう。冷水につけすぎて、手が痛くなってきた。じゃが、この程度の痛みは何でもない。今のケインの状態を考えれば・・・。
コンコン
扉がノックされ、シフォーネが入ってくる。
「姫様、もう今日は遅いですし、お休みになられては・・・。私が交代いたしますから」
シフォーネの言葉に、わらわは首を横に振る。
「いや、わらわにやらせてくれ。わらわにはこの位しかしてやれないから・・・」
「姫様・・・」
「こうなってしまった責任の一端はわらわにもある。わらわと出会わなければ・・・領主になどならなければ、こんな事にはならなかった。一介の羊飼いとして、平和な生活を送れたかも� ��れぬものを・・・」
言いつつ、再び涙が溢れそうになってきた。
「いいえ、それは違います」
シフォーネの言葉に、わらわは振り返る。
「きっかけはどうあれ、選んだのは領主様です。領主様はこの街を国一番の街にするために、毎日がんばっていらっしゃいますよ。そんな領主様を姫様が信じてあげなくてどうします?」
シフォーネの言葉がわらわの胸にしみこんでくる。そうじゃろうか?本当にケインは望んでこの道を歩んでいるのじゃろうか?完全に信じ切ることはできなかった。それでも、気分はずいぶん楽になった。
「すまんな、気をきかせてしまったようじゃ。それでも、やはり看病はわらわにやらせてくれ。頼む・・・」
わらわの言葉にシフォーネは、仕方がありませんねと言うように首 を振る。
「わかりました。しかし、くれぐれも無理はしないで下さい。これで姫様が倒れられては、私どもが領主様にしかられてしまいます」
「うむ、わかった」
シフォーネが退室すると、わらわは再びケインの方へ目をやる。心なしか、顔色がよくなってきてはいるような気がする。それでも油断はできない。わらわは更に気合いを入れ直すのじゃった。
「ケイン、死んではいかん。わらわをおいて死ぬなど、絶対にゆるさんぞ。こんなにもお主のことを好きにさせておいて死ぬなど・・・」
そして三日目。疲れから少しウトウトしていた時、
「がっ!」
頭の方からうめき声が聞こえてきて、わらわはハッと顔を上げた。
「い、いたたたたた・・・」
ケインだ・・・ケインが目を覚ましている� �・・。わらわは頬をつねってみる。
・・・いたい。夢じゃない、夢じゃないんじゃ。
目から涙が溢れてくる。知らなかった。自分がこんなにも泣き虫だったなんて。
「ケ、ケイン!気がついたのじゃな?」
そう言って、ケインの顔に手をやる。苦しそうにしているものの、その肌にはぬくもりが戻ってきている。その暖かさがうれしくて、また涙が出そうになる。
よかった・・・本当によかった・・・。
ケインサイド
王宮のテラス、俺は姫様の向かいに座り、姫様がカップにお茶を注ぐのをジッと見つめていた。
最近、2週間に一度必ず王城を訪れ、そしてついでにこうして姫様と一緒にティータイムをとるのが習慣となってしまった。
別に偶然ではない。『姫様と少しでも一緒にい たい』という気持ちがそうさせていることを、俺は自覚していた。でも、よほどの用事がない限り、王様がわざわざこの時間を空けておいてくれているような気がするのは、俺の気のせいなんだろうか?
「さぁ、飲んでもよいぞ」
ハッと我に返れば、ちょうど姫様がカップを差し出してきたところだった。
「じゃあ、いただきます」
そう言ってカップに口を付ける。
「うん、うまい!」
お世辞ではない。いつからだっただろう?姫様が自分でお茶を入れるようになったのは。
最初はいつも俺がお茶を入れ、それを美味しそうに姫様が飲んでいたのだが(こう見えても俺は結構お茶を入れるのに自信がある)、ある日自分で入れると言いだした。
いつもの気まぐれかと思いきや、結局それは未だに続き 、すでに姫様がお茶を入れるのがお約束になってしまった。
もちろん最初のうちは思わず顔をしかめるようなものばかりだったが、最近はずいぶんと飲めるものを入れられるようになってきた。
「そうか?確かに昔よりはマシになったが、それでもまだおぬしのいれたお茶の方が美味しいのが悔しいところじゃな」
「まぁ、確かに味の方はね」
俺の言葉に、姫様の頬がぷぅっと膨れる。こういう所は、まだまだ子供だよなぁ。俺は思わず苦笑する。
「でも、姫様が俺のためにいれてくれたって思うだけで、俺は今までに飲んだどんなお茶よりも美味しく感じるよ」
俺の言葉に、姫様の顔が瞬時に赤く染まる。
「な、何を言っておるか。お世辞を言っても何もでんぞ」
そう言って顔を背ける姫様の横顔に 、俺まで思わず顔を赤らめてしまった。
そう、姫様は美しくなった。いや、ただ美しいだけではなく、王女としての威厳も出てきたように思える。
俺は姫様が幼いうちからずっと付き合ってきたから、こうして普通に話すことができる。でも逆に、だからこそ不安を覚えずに入られなかった。
元々、俺はただの羊飼いでしかない。本来ならこんなところで姫様の正面に座っていられるような人間ではない。
姫様が小さかったころは、それほど意識しなくてもよかった。でも、最近は・・・。
「姫様・・・」
「ん?なんじゃ、改まって」
顔を背けていた姫様が、俺の真剣な表情に再びこちらに顔を向けてくる。
「姫様はどうして俺なんかを婿候補にしたんだい?いくらさらわれたところを助けたからっ て、見ず知らずの平民をいきなり婿候補にするなんて、普通は考えられないぞ」
「何となくじゃ」
「は?」
姫様の簡潔明瞭な返事に、俺は思わず間抜けな返事を返してしまた。
「父上が決めた相手とはいえ、フランシスやデイブなんぞと結婚するのはごめんこうむる。かといって、王宮からほとんど出られぬわらわが、自分で婿を捜すなぞ不可能に等しい。そこにおぬしが現れたというわけじゃ」
「そう・・・ですか・・・」
ほぼ予想通りの答えだった。別に、『一目会った瞬間から運命を感じた』なんて返事を期待していたわけじゃないけど、ここに座っているのが俺じゃなくてもよかったんだと思うと、ちょっと寂しかった。
「じゃがな」
思わず俯き気味になっていた俺は、姫様の言葉にハッと顔を 上げる。その俺の目に少し照れたような、うれしそうな微笑みを浮かべた姫様の顔が映る。
「今はおぬしを選んでよかったと思っておる」
「姫様・・・」
しばらくの間、俺と姫様は時が経つのも忘れて見つめ合った。しかし、姫様は再び目をそらす。但し今度は照れたりしているようには見えない。いや、むしろ何か不安がっているような・・・。
「姫様?」
不審に思った俺が声をかけると、姫様は意を決したように口を開いた。
「おぬしの方はどうなのじゃ?」
「俺?」
「わらわは今までずっと王宮の中で暮らしてきた。確かに何の不自由もないし、王女という立場も誇りに思っておる。じゃが・・・」
そこまで話して、姫様は一端言葉を切った。そして俺の瞳をジッと見据える。
「このよう� �立場に縛られず、自由に生きることのすばらしさもわかっておるつもりじゃ。おぬしはこれでよかったのか?責任ある立場に縛られて逃げ出したくなることはないのか?もしもわらわの事が枷となっておるのならば・・・」
そこまで話して、姫様は再び俯き黙り込んでしまった。
以外だった。俺に無理矢理婿候補という立場を押しつけ、何かというと俺にからんできた姫様がそんなことを考えていたとは・・・。それとも、成長するに従って気になるようになってきたのか。
「そんなこと今更言われたって、もう遅いよ」
俺の言葉を聞いた姫様の顔に、不安と後悔が入り交じったような複雑な表情が浮かんでいた。俺はそんな姫様の顔が見ていたくなくて、すぐに言葉を続けた。
「姫様・・・そんな顔しないで。� �りゃあ、最初のうちは『何で俺がこんな事』って思って、逃げ出したくなったことも何度もあったさ。けど、ここまでやって、今更逃げる気はないよ。だいたい、俺が負けるって事は、あのフランシスやデイブが国王になるって事だろ?そんなのは冗談じゃないし、それより・・・」
「それより?」
「姫様があんな奴らと結婚するなんて、俺には耐えられないよ。あんな奴らより、俺の方が姫様のこと・・・」
言った、ついに言っちゃったぞ!心臓がバクバクいっている。くそっ、落ち着け!これしきのことでだらしない。
「ケイン・・・」
口元を押さえている姫様の瞳から涙がこぼれる。えっえっ?これって悲しみの涙じゃないよな?うれし涙ってやつだよな?
「うれしい・・・」
「姫様・・・」
「ケ� �ン、約束じゃぞ。必ずおぬしの領地をこの国一番の街にするのじゃ。わらわはその日を・・・おぬしがわらわの婿としてわらわの目の前に立つ日を待っておるからな」
姫様が涙で顔をくしゃくしゃにしながら、小指を差し出してくる。俺はその小指に、そっと自分の小指を絡めながら言った。
「約束するよ姫様。必ず俺の街を国一番の街にしてみせる」
姫様がうれしそうにコクリと頷く。
そして俺は思いも新たに、街づくりに一層の力を込めるのであった。
シャルロットサイド
きっかけは些細なことじゃった。
『最近ケイン様が頻繁に王城へ来るのって、姫様に領主をやめるって言いたいけど、なかなか言い出せないかららしいわよ』
城の侍女達の間で囁かれている、根も葉もない面白半分のくだらない噂。じゃが、その噂はわらわの心の奥底でひっそりとくすぶり続けていた小さな不安を刺激した。
そもそも、ケインがわらわの婿候補に・・・領主になったのは、わらわが押しつけてのことじゃし、わらわがケインのためにきれいになろうと努力していることとて、わらわの押しつけでしかない。
『ケインはわらわのことをどう思っておるのじゃろう?』
そんな基本的な疑問が頭をよぎる。
「姫様、ここかい ?」
「ケ、ケイン!」
あまりにもいいタイミングに、思わず大声を出してしまう。
「ど、どうしたんだよ姫様。そんなにびっくりして」
「お、おぬしが急に声をかけてくるからじゃろう!」
「きゅ、急にって、俺はいつも通りの時間にきたのに姫様がいないから探してたのに」
いわれて時計を見てみれば、いつもケインが来る時間をだいぶまわっている。考え事をしていて時間に気付かなかったようじゃ。
「そ、そうか。すまなかったな。少し考え事をしていたものでな」
そう言い訳しながら、いつものテラスにケインを誘う。
「何か悩み事かい?俺でよければ相談にのるけど」
わらわの正面に座りながらケインが言う。ケインは優しい。普段は口が悪くて、よくわらわをからかったりするが� �時折こうやって優しい声をかけてくる。それも、一国の王女としてではなく、一人の女の子としてわらわを気遣ってくれる。その優しさがうれしかった。
じゃからこそ、不安にもなった。もしかして、ケインはわらわのわがままに、無理をして付き合ってくれているのではないかと。
「いや、何でもない。それよりすぐにお茶を準備しよう。しばし待つがよい」
一人でウジウジと悩んでおっても仕方がない。わらわは気分を切り替えるために、お茶の準備を始めた。
そういえば、このお茶も少しでもケインに喜んでもらいたくて、いれ始めたんじゃったな。最初のうちはとても飲めたものではなかったが、それでもケインは残さず飲んでくれたっけ。
「さぁ、飲んでもよいぞ」
そう言って差し出すお茶を、ケ インは本当に美味しそうに飲み干す。確かに昔よりはマシになったものの、まだまだ美味しいとはいえないお茶を美味しそうに飲み干すケインの優しさに、わらわは逆に心苦しい者を感じてしまう。
じゃからこそ、ケインの突然の問いかけはわらわを驚かせた。
「姫様はどうして俺なんかを婿候補にしたんだい?いくらさらわれたところを助けたからって、見ず知らずの平民をいきなり婿候補にするなんて、普通は考えられないぞ」
「何となくじゃ」
つい恥ずかしくてそう答えてしまったが、本当はそうではない。確かに初めてあった瞬間は何とも思ってはおらんかった。
じゃが、城へ着くまでのわずかの間話をしただけで、わらわは急速にケインに惹かれていった。
それは今まで接したことのない、平民に� ��ったために、それが新鮮に感じただけじゃったかもしれぬ。じゃが、その時感じた感覚・・・引き寄せられるような、包まれるような感覚は、父上に『ケインを婿候補にしてくれ』と頼むには十分な感覚じゃった。
そして、わらわのカンは外れることなく、月日が経つと共にケインに対する想いはつのるばかりで、わらわにとってケインが婿候補でいることはおかしくもなんともなかった。
でも、ケインはそのことを不安がっている。それが意外で驚かされたが、それゆえにわらわも自分の不安をケインにぶつける勇気がわいてきた。
「おぬしのほうこそどうなのじゃ?わらわが無理矢理婿候補にしてしまったが、もとの気ままな生活に戻りたいと思ったりはせぬのか?」
「そんなこと今更言われたって、もう遅いよ」
ガーン!
頭の中で鐘が鳴り響く。やっぱり無理をしておったのか・・・。あまりの衝撃に、わらわはその場から逃げ出したくなる。その体を、ケインの優しい言葉が引き留める。
「そりゃあ、最初のうちは『何で俺がこんな事』って思ったりしたこともあったさ。でも、俺は自分の意志で決めたんだ。一人の男として、一国の王を目指してみようって。それに・・・」
「それに?」
わらわはその続きの言葉が聞きたくて、思わず身を乗り出す。
「姫様があんな奴らと結婚するなんて、俺には耐えられないよ。あんな奴らより、俺の方が姫様のこと・・・」
カーッ
自分で自分が赤面しているのがわかる。ケインが・・・ケインがわらわの事を・・・。
「ケイン・・・うれしい」
うれしさに涙� �溢れる。涙と一緒に、今まで抱えていた不安が全て流れ去っていくのがわかった。
「ケイン、約束じゃぞ。必ずおぬしの領地をこの国一番の街にするのじゃ。わらわはその日を・・・おぬしがわらわの婿としてわらわの目の前に立つ日を待っておるからな」
今まで自身がなく、言えなかった台詞がやっと口から出てきた。
「約束するよ姫様。必ず俺の街を国一番の街にしてみせる」
ケインが力強く誓う。その瞳に迷いやためらいは感じられなかった。
「うむ、きっとじゃぞ」
そう言い返すわらわの心にも、すでに迷いはなかった。
カツカツカツカツ
私が何度も部屋を往復する足音が、部屋の中にこだましている。
今更じたばたしても仕方がないのはわかっているし、彼のことを信じてもいる。でも、やっぱりこの落ち着かない気持ちはどうしようもない。
舞踏会が始まるまで、後2時間くらい。舞踏会は何度も開かれているけど、今回の舞踏会はいつもと違う。今日、私と踊れるのは一人だけ・・・そう、父上が選んだ、私の婿の筆頭候補ただ一人だけ。
ケインが選ばれると信じている。でも、不安もある。なぜなら、もう長いことケインとは会っていないから。
去年、ケインが必ず街を国一番にすると誓ったあの日から、私はケインと会っていない。たとえ会えなくても 、心が通じ合っていると信じていたから。そして、街づくりに集中して、絶対に筆頭候補になってほしかったから。
だから、今の彼の街の状況は人づての噂でしか知らない。それに、私の婿を決めるのは父上。たとえ国一番の街を作ったとしても、父上が認めなければ結婚はできない。
「姫様。準備が整いましたので、会場までお越し下さい」
「わかりました。すぐに行きます」
どうやら、考え事をしているうちに、ずいぶん時間が経ったみたい。私は心を落ち着かせるために大きく一つ深呼吸をすると、会場へと向かった。
ザワザワザワザワ
舞踏会場は時ならぬざわめきに満ちていた。それも当然のことかもしれない。今日、期限まで後一年あるとはいえ、事実上私の婿・・・つまりは時期国王となる男が� ��表されるのだから。
「おぉ、シャルロット。まいったか」
会場に着いた私に父上が声をかけてくる。私の心中を知ってか知らずか、その声は明るい。
「父上、まだ私の相手が誰かは教えていただけないのですか?」
父上の返事はわかっていたものの、問いかけずにはいられなかった。
「うむ、そなたに教えてしまっては、そなたの表情から誰が相手なのかわかってしまいかねん。それでは面白くないからのう」
予想していた返事とはいえ、自分の父ながらこのお祭り好きには困ったものだわ。とはいえ、そうでなければいきなりケインを婿候補にするなんて事もできなかったでしょうけど。
しかたなく、私は会場の方へと目をやる。瞬間、こちらを見つめているケインと目が合う。あぁ、どうしてこんな に大勢の人がいる中、一瞬で探せてしまうのかしら。これが愛の力というものなの?
でも、いくら愛していても、まもなく発せられる父上の一言によって、全てが夢と消え去ってしまう可能性もある。
私が不安そうな顔をしているのに気付いたらしい。ケインが『心配しないで』というように頷く。確たる根拠があってのことではない。それがわかっていても、私の心の不安はずいぶん軽くなった。
『ありがとう』
心を込めて微笑み返す。私の微笑みに安心したように、ケインも微笑み返してくる。その微笑みに、不安はカケラもなかった。その微笑みは、誰にも負けない街づくりをしてきたという自信に満ちていた。
「みなのもの、今日はよくまいられた・・・」
父上の挨拶が始まる。徐々に胸の動悸が激� ��くなっていく。私は祈るような気持ちでその瞬間を待った。
「・・・それでは発表しよう。今宵のシャルロットの相手は」
会場中がシンと静まり返っている。息が止まり、手をギュッと握りしめる。一瞬が永遠にも感じられた。
「ケインじゃ」
ワァッ!
会場中がどよめきで満たされる。一介の羊飼いだった男が、今夜の私のパートナーに選ばれたという事実に。
でも、そのどよめきの中に不満の声はほとんどなかった。この四年間のケインの働きは、近隣領主も認めているという噂は、まんざらデマでもないらしい。
ハッと我に返れば、私の足下にケインが跪いている。
「姫、踊っていただけますか?」
微笑みながら手を差し出してくるケイン。私はその手にそっと自分の手をのせ答える。「はい、喜んで」
私は今、世界で一番幸せだと思った。
ケインサイド
早いもので、俺が領主になってから四年以上の月日が流れた。五年前と今の俺を比べたら、まるで別人のようだと我ながら思う。でも、俺の本質的な部分は変わっちゃいない。そう言いきる自信もある。
「りょ・う・しゅ・さ・ま〜!こんな所にいらっしゃったんですか!」
あ、やば。物思いに耽ってる場合じゃなかったんだ。
「や、やぁシフォーネ。よくここがわかったね」
必死に逃げ道を探しながら、俺は平静を装いつつシフォーネに答える。
「当たり前です。何年領主様に付き合っていると思ってるんですか。さ、おとなしくして下さい。今日は商業組合との大事な懇親会なのですから」
「いやぁ〜、俺も姫様との大事なデートなんだけど・・・」
俺� �言葉に、シフォーネがギロリと俺を睨む。う〜む、いい眼孔だ。思わず足がすくんで動けない・・・。なんて、悠長なこと行ってる場合か!
「いいですか、いくら領主様が自他共に認める筆頭候補になったとはいえ、まだ決定したわけではないのです。ここでいい気になって油断していたら、いつ他の候補に追い越されるか・・・」
「んじゃ、そう言うことで」
俺はシフォーネが説教を始めた隙をつき、二階の窓から飛び降りる。
「ちょ、領主様!」
まさか、二階から飛び降りるとは思わなかったらしい。慌てふためくシフォーネの声が聞こえてきた。
「ごめん!この埋め合わせは必ずするから、あとよろしく!」
そう一声かけると、俺は姫様と待ち合わせをしている森へと急いだ。
「まったく、領主� �は!」
「なんや、シフォーネはん。兄ちゃんに逃げられたんかいな」
「あ、リリル」
「ま、たまにはええんやないか?ここんとこ、ずっと仕事の方が忙しくて姫さんにも会えなかったようやし」
「確かにそうだけれど、商業組合の方が・・・」
「そっちの方は、うちにまかしとき。兄ちゃんも、ウチらのこと信じとるから、こんな事できるんやおもうで」
「ふぅ、仕方ありませんね。そちらは任せましたよ」
「おう、まっかしとき!」
というような会話が交わされているのも知らず、俺は森へとひた走った。
森へ着くと、シャルロットはもう先に来て待っていた。どうやらまだ俺に気付いていないようだ。
ピン!
俺の心にいたずら心が起こる。俺は足音をたてないように、そーっとシャル� �ットの背後に近寄っていく。
「シャルロット!」
至近距離まで迫った俺は、一声かけるとシャルロットを背後から抱きしめる。最近、俺は二人きりの時にはシャルロットと呼ぶようになっている。
「キャー!」
予想以上の悲鳴に耳鳴りとめまいがする。
「シャ、シャルロット。俺だよ」
俺の呼びかけに、シャルロットは怖々と振り向く。そして驚かした相手が俺だとわかると、すねたように俺の胸をポカポカと叩いてくる。
「バカバカバカ、驚いたじゃない。いくらあなたの領地の中だって、こんな森の中で少し不安だったんだから」
ちょっとだけ涙をにじませているシャルロットを、ギュッと抱きしめる。
「ゴメンゴメン。でも、ホントにこの辺は安全なんだよ。でも、そんなに不安だったなら 、供の者でも連れてくればよかったのに」
「だって・・・」
「ん?」
俺の腕の中で呟くシャルロットに、俺は問いかける。
「せっかく久しぶりに会えるのですもの。二人っきりで会いたかったから・・・」
はにかみながら顔を上げ答えるシャルロットの唇に、自分の唇を合わせる。
「んっ・・・」
驚いてちょっとうめき声を上げたが、すぐに俺に体を預け、背に手を回してくる。俺はその柔らかな体を、折れよとばかりに抱きしめる。
「ちょ、ケイン・・・痛い」
シャルロットが唇を離し、腕の中で身もだえる。俺は腕の力を緩めながら、それでも決してシャルロットを離さないように抱きしめ、その耳元に囁く。
「会いたかった・・・」
それが俺の偽らざる本心だ。俺とシャルロットの 輝ける未来のため、俺は筆頭候補と認められても努力を怠るようなことはしなかった。
いや、むしろ以前よりも更に真剣になったかもしれない。なにしろ、後数ヶ月この調子でがんばれば、俺は晴れてシャルロットとの結婚を許され、誰にも邪魔されない甘い新婚生活へと突入することができるのだ。
とはいえ、やっぱり会えないのは辛いもので、久々に会うとこうして思いの丈をぶつけてしまう。
そんな俺の気持ちを気付いてくれているのだろうか。
「私も・・・」
そう言ってシャルロットは改めて俺の背中に手を回してくる。今度は俺も少し冷静になり、無茶なことはしないようにする。
こうしていると、シャルロットと出会ってからのことが走馬灯のように頭をよぎっていく。初めて出会ったときは� ��まさかこのガキが一国の王女様で、今こうして俺の最愛の人として腕の中にいることになろうとは、想像もしていなかった。ましてや、この俺が国王になろうとしているなんて・・・。
運命なんてわからないものだ。
「色々なことがあったわね・・・」
シャルロットが俺の心を読んだかのように、声をかけてくる。
「あぁ、俺も今ちょうど思い出していたところさ」
本当に色々なことがあった。そしてこれからも色々なことがあるに違いない。それでも、たとえどんな困難が待っていようとも、この腕の中のぬくもりを守るためならどんな困難もうち負かす自信が今の俺にはある。
当面の問題は、数ヶ月後に控えているシャルロットの婿の発表だ。この瞬間を永遠にするためにも、残りの歳月を精一杯街の� �展に尽くすことを、俺は心の中で改めて誓うのであった。
シャルロットサイド
「ケイン・・・まだかしら」
私は思わず呟いていた。別に怒っているわけじゃないわ。こうして好きな人と待ち合わせをしてそれを待っているなんて、なんだか普通の女の子みたいで少しウキウキする。
あの舞踏会の日、私とケインの間がほとんど公認状態になって、二人は一気にラブラブ状態へ突入〜。なんて思ったのに、現実はそううまくはいかなかった。
いくら領地を国一番の街へ発展させたとはいえ、国王となるにはあまりに未熟。それ故にケインをしっかりサポートすべく、私にも今まで以上に王女としての教育スケジュールが組まれてしまった。
ケインはケインで、『舞踏会で選ばれたからいい気になっている� �などと陰口をたたかれないよう、そしてより確実に私と結婚できるよう今まで以上にがんばっている。
結果としてケインと会える時間は昔よりも減ってしまったけれども、二人の幸せのために一緒にがんばっているのだと思えば、それほど苦にはならなかった。
それにしても、
「遅いわねぇ・・・」
再び呟きが漏れる。もしかして、どうしてもはずせない用事ができたのかしら?でも、それなら誰か使いの者が来るはずだし・・・。と、その時
「シャルロット!」
「キャー!」
背後からいきなり抱きしめられ、思わず悲鳴が上がる。でも・・・シャルロット?今、私をその名前で呼び捨てにする人は、二人しかいない。父上ともう一人・・・
「シャ、シャルロット。俺だよ」
その声に振り返ると 、そこには私の予想通りの顔がちょっとすまなそうな表情を浮かべていた。その顔にホッとするとともに、涙がにじんでくる。決して怖かったからや怒ったからじゃない。それ以上に、会えたことがうれしかった。
私はケインの胸の中に顔をうずめ、それに答えるようにケインが私を抱きしめてくれる。
「会いたかった・・・」
「私も・・・」
あぁ、なんだか夢みたい。ずっとあこがれていた。こうして好きな人の・・・ケインの腕の中に抱きしめられることを。
王女という立場から、好きな人と結婚できるなんて事はできないと思っていた。でも、決して諦めきっていたわけじゃなかった。だから、ケインとの出会いはまさに運命的であり、賭でもあった。結婚する相手は自分で選びたいという・・・。
で� ��、まさかこんなにも好きになるなんて、思っても見なかった。最初は『あの二人よりはマシだろう』くらいにしか思っていなかったのに、今はもうケイン以外の人と結婚するなんて考えられない。
しばらく抱きしめあっていた私達だったけど、落ち着いて話をするために体を離し、木陰の下に移動した。
「ねぇ、ケイン」
「ん?なんだい」
私の膝枕でくつろいでいるケインの髪を撫でながら訪ねかけると、ケインは気持ちよさそうに目を細めながら返事をする。
「初めてあったころの私のこと、どう思ってた?」
私は前々から聞いてみたかった事を聞いてみた。今の私はケインに好かれるように努力してきたし、ケインに愛されている自信もある。
けれど、子供のころの私・・・今思うと我ながら生意気 でかわいげがなくて、それでいてケインに嫌われたくなくて不安でいっぱいだったころの私を、ケインはどう思っていたんだろう?
「う〜ん、そうだなぁ」
しばらく考え込むケイン。昔どう思われていようとも、今愛されているんだからそれでいい。
そうは思っても、ちょっぴり不安になる。
「やっぱり、第一印象は『なんだ?この生意気な子は?』かな」
が〜ん!
わかってはいたものの、ケインの口からズバリと言われると、やっぱりちょっとショック。
「だって、せっかく誘拐されていたのを助けてあげたのに、俺のこと誘拐犯だなんて言うし、いきなり『無礼者!』なんて言われるし・・・」
ケインの言葉に、私は自分自身の顔が真っ赤になるのを感じていた。そう言えばそんなこと言ったかし ら。あ〜もう私ってばなんて子供だったのだろう。
「まぁ、しばらく付き合ってくうちに、その辺の生意気な所は慣れたけどね」
「じゃ、じゃあ、私が修道院に行ってた1年間、寂しかったりしなかった?」
私は恐るく尋ねてみる。
「いや〜、寂しいと思う以前に、シャルロットの事なんてほとんど忘れてたからなぁ」
またまた、が〜ん!
そんなぁ、私はケインのことあんなに想ってたのに・・・。思いっきりがっかりした私の頬に、ケインがそっと手をあてる。
「だけどね」
「えっ?」
ケインの優しい声に、私はケインの目を見つめる。
「俺自身は忘れたつもりでも、心の奥底では気にかけてたみたいだ。シャルロットがいなくなってから街の開発が思うように進まなくてね・・・。シフォ� �ネに言われるまで気付かなかったけど、シャルロットがそばにいなかったのが結構こたえていたらしい」
「ケイン・・・」
私は頬に当てられたケインの手に自分の手を重ねる。その手を握り返したケインが、私の手にくちづけをする。
「だからさシャルロット。これからもずっと俺のそばにいてほしい。たとえ俺が国王になってもなれなくても・・・」
「なにを頼りないことを言っているの?あなたが私の旦那様に選ばれるのに決まっているわ。でもそうね、万が一あなたが父上に選ばれなかったら・・・」
そこで私は一度言葉を切り、ケインに微笑みかける。
「私をさらって逃げてくれる?」
私の問いかけに、ケインは何のためらいもなく頷いてくれた。
ついにこの日がやってきた。シャルロットの夫となる男が決定する日が。五年間必死にがんばってきたんだ、九十九%選ばれる自信はあった。
しかし俺がそうだったように、人生なんてのは何が起こるかわからない。何が起こっても対応できるように、腹心の六人と精鋭部隊を城下に控えさせている。イザという時にシャルロットを連れて逃げる準備もOKだ。
落ち着いて広間を見渡してみれば、フランシスとデイブが憎々しそうな表情で俺をにらみつけている。
「ふふん」
昔の俺ならムキになっていたかもしれないが、今の俺にはそんな二人を余裕であしらえるだけの自信と力、そして格を身につけていた。
今ここにいる男が羊飼いだったなど 、知らない人間に言っても信じられないだろう。
突然会場がざわめき、国王とシャルロットが現れる。
ほぅ・・・。
会場中からため息が漏れる。今日のシャルロットは、いつにも増して輝いて見えた。別に特別きらびやかな衣装を着ているわけでもなく、豪華な装飾品を身につけているわけでもない。それでも、誰の目から見てもシャルロットは輝いて見えた。
かくいう俺も、改めて見せつけられたシャルロットの美しさに、おもわず見とれてしまった。
ニコリ
ドキッ
俺を見つけて微笑みかけてくるシャルロットに、胸が高鳴る。そして同時に、その笑顔が俺一人に向けられているのだと思うと、誇らしさで一杯になる。
「みなのもの静粛に」
国王の声に、微笑みを浮かべていたシャルロ� ��トの顔が引き締まり、会場がシンと静まり返る。
ゴクリ
思わず喉が鳴る。
「これより我が娘、シャルロット姫の婚約相手を発表する。その相手は・・・」
そして青年は新たなる一歩を踏み出した。
End
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